カテゴリー ‘教団’ のアーカイブ
徒然なるままに

足軽3人組が完全敗訴した裁判

 足軽会の元教団職員3人が教団を民事提訴してことし3月、一審で完全敗訴していた裁判で、東京高裁は1回目の口頭弁論を7月22日に行うことを決めた。3人は一審の結果を不服とし、控訴していた。 ちなみに一審原告の3人は、これまで頻繁に自らの主張 ...

妙観講の異様なプロパガンダ

 妙観講(日蓮正宗の一派)の機関紙「慧妙」が最新号(6月1日号)で、「顕正会の全国拠点70ヶ所を一斉折伏」という記事を1面で大きく掲載した。妙観講の主要な活動家が同一の日程に合わせて全国の顕正会会館を一斉訪問し、法論を挑み、大勝利したとい ...

東京でまさかが実現した60年前の参院選挙

今からちょうど60年前の1959(昭和34)年は、6月2日に参議院選挙が行われた。創価学会が政界に人材を送り出した国政選挙としては2度目の機会となる選挙だった。最初の国政への挑戦は56(昭和31)年で、このとき大阪地方区と全国区2人、計3 ...

大草一男の特徴

妙観講の大草一男の最大の特徴の一つは、法廷における証言がコロコロ変わることだ。同人は盗聴関与疑惑などで過去に多くの民事裁判を行ったが、さまざまな争点において以前の裁判で主張したことと、およそ整合しないことを別の裁判で平気で述べるということ ...

大草裁判終結から3年近く

日蓮正宗の信徒団体「妙観講」講頭の大草一男が突然訴えてきたのは2011年11月。このコラムで掲載した大草の男女疑惑、および盗聴関与疑惑に関する2つの争点で行われたものだが、5年後の結果は当方にとっては不本意なものとなった。ただし審理におい ...

激変期から安定に向かった平成時代

振り返ると、教団にとって「平成」は激動の時代だった。「昭和」に治安維持法などによる弾圧で初代会長を獄死させて失った教団は、戦後、2代会長が再建、布教拡大された。戦後すぐの復興ではなく、立正佼成会や天理教に大きく遅れた形での再建だった。 「 ...