中年からの空手

私が中学高校のころは極真空手の全盛期で、例にもれず、私も中学を卒業するときに地元に近い福岡支部に入門した。家から遠かったこともあり長続きしなかったが、そのころの自由組手が強烈な印象を残しており、大学に入って再度つづける気にはなれなかった。そんな私が40代半ばで再び入門したのは、仕事上のトラブルによる。あるとき取材していた裁判所でヤクザまがいの人間にからまれたのだ。何かやっておいたほうがいいという気持ちでいたときに同業者で空手をやっている人がいて同好会レベルでスタート。さらに極真の3大流派(当時)の一つに正式入門して7年ほどたったころに黒帯になった。ちょうどそのころ沖縄で本場空手の国際セミナーがあるとの情報に接し、遊び感覚で受講したところ、はまっていく。現地で取材を重ねるようになり、趣味と実益がそのまま一致してしまった。現在は、首里手の一つの流派で稽古しているが、古流の型を重視し、集団稽古を基本的に行わないので(対人稽古は月1~2回レベル)、仕事上の障害がほとんど生まれない。「型が教えてくれる」との宗教がかった教えのもと、先人が残した型の意図するところを捉えようと、日々短時間ながら“一人稽古”をつづける。最近痛感することは、沖縄伝来の空手は、日本の無形文化遺産であるという揺るぎない実感だ。身体操作の極みともいうべき哲学の集積であり、日々飽きるところがない。

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