1921年11月4日。ちょうど100年前の今日、東京駅から京都に向かおうとした原敬首相が同駅構内で心臓を一突きされて死亡した。伊藤博文を初代としてこれまで100代の首相が誕生したとされるが、人数にすると現在の岸田首相に至るまで66人程度( ...
枝野代表が辞意を表明した。年内にフルスペックの代表選が行われるという。今回、立憲民主の比例議席が大幅減となった背景には、日本共産党との合意が挙げられている。政権選択選挙において勝利した場合、共産党が「閣外」から協力するというあれだ。これは ...
立憲民主党は野党一本化により小選挙区で9議席増やしたものの、一方で比例ブロックでは22議席を減らした。合計で13議席を減らしたという。これは野党共闘のプラス面とマイナス面の象徴だ。立憲が比例票の受け皿にならなかった原因を多くの識者が「左に ...
立憲民主党は禁断の果実に手を伸ばしたばかりに、大きな代償を支払うことになった。現有議席を10以上も減らしたことに加え、野党連合の象徴であった小沢一郎、中村喜四郎のベテラン議員も初めて小選挙区で苦杯をなめた(いずれも比例で復活当選)。さらに ...
将来、門田隆将こと門脇護(1958-)の墓碑銘にふさわしい文言は次のようになるだろう。「この男に、真実はなかった」――。週刊誌時代から多くのデマで金儲けしてきた門脇について、本年4月、私はささやかな小著を世に送らせていただいた。タイトルは ...
「単独政権をめざし、共産とは閣外協力」と枝野代表が宣言している野党第一党の立憲民主党だが、選挙現場では両党の「融合」が進んでいる。本日付のしんぶん赤旗には元日本共産党員の有田芳生・立憲副幹事長が、共産党が沖縄1区とともに重点選挙区とする京 ...
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