東京都議会議員選挙の告示日となった6月13日、東京地裁712法廷で関係者が注目する判決が言い渡された。日本共産党を2023年2月に除名された松竹伸幸氏が、同党の市田忠義副委員長が地元京都府の演説会で講演した内容について名誉毀損として165万円の損害賠償を求めていた裁判である。結論として一審では請求棄却された。除名処分から2週間後に行われた講演で市田氏は松竹氏が記者会見で語った言葉として「党内をかく乱するためには値段も安くしましょう」と版元の文藝春秋と相談していたと紹介した。フレーズ前段の「党内をかく乱するために」が今回裁判の争点となった。記者会見では実際には「党内をかく乱するために」と松竹氏は述べていなかったからだ。松竹氏側の代理人で名誉毀損問題のエキスパートである佃克彦弁護士は判決後、「絶対勝てると思って起こした裁判」と私の取材に振り返った。審理の過程で市田氏側は「被告の発言が事実の摘示なのか意見・論評なのかについては、審理の中で裁判官の意見を伺いたいと考えています。仮に事実の摘示ということであれば、さらに反論することもあり得ると考えています」と要請したのに対し、裁判所は2月28日の非公開の期日で「裁判所としては、意見・論評と考えている」と回答、調書にも記録として残していた。名誉毀損は対象となる争点が事実摘示か意見・論評かで結果が大きく変化する。前者であれば厳密な違法阻却要件(真実性・公共性・公益性)が求められるのに対し、後者の場合は人格攻撃などと認められなければ名誉毀損とはならないからだ。裁判所が後者と考える旨を述べた事実は、この裁判における原告勝訴の可能性がぐっと低くなったことを意味していた。逆に事実摘示ということであれば、市田氏側が確実に敗訴する事案だった。
判決当日、傍聴席には4人。松竹氏の支援者らしい女性が最後に入ってきたほか、党職員と思われる壮年男性1人がいた。弁護士は松竹氏側の佃弁護士が原告席に座り、被告の市田副委員長側は代理人が5人ほどついているがだれも出席していない。つまり市田氏側は「全員欠席」の状態だった。仮にこの裁判で被告勝利を確信していたのなら、「欠席」ではなかっただろう。その事実がこの裁判の状況を浮き彫りにしていた。現に私が判決を聞いて5分後に裁判所の正面出口の門扉を出たところで、本訴主任の加藤健次弁護士が入って来るのとすれちがった。判決文を取りに時間差で裁判所を訪れたのだろうと私は推測した。いずれにせよこの司法判断が高裁でも継続されるかどうかは、高裁裁判官の巡り合わせによって変化するであろう微妙な案件だ。とりあえず一審判決においては市田氏は〝薄氷の勝利〟を得た。だがこの裁判はもともと本訴(除名無効を求める裁判)とは法的には何の関わりもない裁判であり、本訴のゆくえこそが志位・市田の両最高幹部が主導した一連の「除名」劇の結論であることは強調しておかなければならない。本日付のしんぶん赤旗は社会面で控えめに報道した。