日本のデマ2人組

武術においては同じ手であっても「生きた手」と「死んだ手」がある。よく「居着くな」と言われるが、居着いた体は作用として生きていない状態を指す。技を出せる状態を「生きた」と表現し、そうでない状態を「死んだ」と表現したと考えればわかりやすい。外見上は同じ姿や形に見えても、内面や作用は正反対であるという意味でもある。同じように、人間の言葉にも「生きた言葉」と「死んだ言葉」がある。「死んだ言葉」の典型はやはりデマに尽きるだろう。1月27日でアウシュビッツ解放から80周年ということで本日付東京、読売に記事が載っていた。アウシュビッツといえば、「アウシュビッツにガス室はなかった」との特大デマ記事で大手出版社を事実上クビになった有名な編集者がいる。日本のデマ史においても特筆される事件だった。もう一人、これはというデマ作家に、門田隆将こと門脇護が存在する。創価学会の池田名誉会長を貶めたいとの欲望が先行するあまり、暴行事件を自ら捏造・作出し、デマ記事を週刊誌に掲載し続けた人物だ。この人物の取材経過が音源で流出したことがあるが、裏づけはまったく取れていない状態で、事実無根の捏造手記を作成、その内容は裁判所から「訴権の濫用」として却下された。いわば上記の2つは戦後日本の雑誌界における特大2大デマともいえよう。だがこの2人は、いまも出版界でヌクヌクと生き長らえている。日本人の忘れやすい悪しき特質に乗じて、自らの保身を図ってきた姿だ。ただし現状がどうあれ、歴史には明確に刻印され、記録され続ける。後世の歴史家が評価することも最早ありえない。

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