全国の象徴区となった東京24区

政治は残した結果がすべてだ。私はかつての日本社会党(その後社会民主党に移行)の機関紙記者として3年ほど働いた時代の半分以上は「政権与党」だった。村山富市首相の時代である。最近になってつくづく感じる同内閣の実績は、95年8月の村山談話もさることながら、95年に加入した人種差別撤廃条約の加入がある。これは社会党が政権与党にいなければ明らかに実現できなかった実績の一つだ。だがその後30年近くすぎるが、同条約が求める国内法制定を日本は整備しないままで来た。ヘイトスピーチがいまも蔓延するのは、政治の不作為によるところがあまりに大きい。それでも理念法ながらヘイトスピーチ解消法は2016年に成立した。いま日本に必要なのは人種差別禁止法の制定であり、より本質的には包括的差別禁止法の制定である。これが現在の国際スタンダードだ。だが現状は、選択的夫婦別姓の導入すら、実現できていない状況がある。現在、東京・八王子の東京24区が象徴的な選挙区に浮上しているのは、外形的な面というより、本質的な側面のほうがより重要だ。上記の問題に献身的に取り組んできたのは立憲民主党の有田芳生候補であり、反対に萩生田光一候補はこれらに反対する強力な守旧派勢力をバックにする。安倍政治の維持か、あるいは打破かが問われる象徴的な選挙区になっているのは、政策面の志向の違いとも密接に関わる問題だ。

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