犬笛を吹く男が抱いた怨念

ネトウヨと称されるネット右翼(シニア右翼とも呼ばれる)が日本にどのくらい存在するか。古谷氏の新書『シニア右翼』によるとその規模は200万人という。有権者でみると、全体のわずか2%でしかない。この数字の妥当性は、いわゆるネット右翼のインフルエンサーのツイッター(いまはX)のフォロワー数を見てもうなづけるものだ。例えば作家の百田尚樹が55万、その秘書役の有本香が50万、2020年の米大統領選で彼らと同調歩調でトランプの悪質デマに加担する虚偽情報を発信し続けた門田隆将が45万。3人のフォロワー数を単純に足し算すると150万人になるが、実際はかなり重なり合いがあるものと見られ、現実には3人の実質フォロワー数は全部足しても100万人をかなり下回るだろう。

 彼らには仲間内のインナーグループが形成されており、それがギルド的に機能している。たとえばだれかがこの人物や団体は問題だという投稿をする。それを他のインフルエンサーがリツィートまたは引用ツイートすると、仲間内において延々と“つるし上げ”行為が継続されるという具合だ。いうなればツイッター上の「輪姦システム」だ。

 先日その犠牲になったわかりやすい例が、フランス研修を組んだ自民党女性局長の松川るい参議院議員だろう。この議員の名前を名指しで、門田隆将は7月30日から8月6日までに集中的に15回もツイート。「平和ボケ自民党女性局」(7月30日)、「緩み切った自民党自体の終焉」(7月31日)、「子連れの思い出旅行」(8月1日)など、ここぞとばかりにコテンパンに吊し上げ、百田尚樹がそれをリツィートするなど「輪姦システム」を機能させた。

 確かに有権者から不信をもたれる不用意なSNS発信であったことは疑いようがないが、門田の怨念とも見えるこの執拗な“吊し上げ”行動は、根底に彼特有のドス黒い意趣返しの感情が渦巻いていたことは明らかだ。

 一つは「安倍氏死去で即座に親韓路線に切り換えた変わり身の速さ」(7月30日)、「安倍氏死去の途端“親韓路線”推進」(8月1日)という同人特有の言いがかりに近い決めつけからもその理由は明らかだ。門田はもともと韓国は日本人より劣った民族ととらえていることが自明で、自ら「非韓3原則」を唱えてきた。すなわち、韓国は一切相手にするなという外交無視戦法に集約されるが、韓国大統領が交代し、親日路線に転じた外部環境の変化に合わせて日本側が対応を変えていくのは外交上当然のことであるのに対し、門田は自分の主張とは違う行動をとってきた自民党女性局の象徴、松川るい議員の言動が許せなかったようだ。

 もう一つはLGBT理解増進法の成立へのネトウヨ特有の鬱憤だろう。門田の一連のツイートによると、「LGBTの際、女性の権利を守る為に何もしなかった女性局」(8月2日)、「LGBT法の際“私にとって優先度が低い”と言ってのけた」(8月4日)という主張が出てくるが、これらが意趣返しの2つめの理由として存在したことは明らかだ。

 罰則のない理念法にすぎないこの法律が通ると、女性トイレにトランスジェンダーを偽装した、実態は男性の犯罪者が押し寄せ、女性の安全を侵害するという極めて大雑把で粗雑にしかみえない論法で、門田はLGBT法に反対しない人間に「女性の敵」という単純なレッテルを貼ってきた。そうしてフォロワー稼ぎに活用してきた典型的人物でもある。だがこの論理でいくと、松川議員は門田からすると「女性の敵」としか映っていなかったことは明らかだ。

 これらの蓄積していた憤懣やるかたない個人的な屈折感情が、今回、一挙に爆発する契機となったのがエッフェル塔前における記念写真だった。だがその背景にあったのは、門田らの根拠の薄い、捻じ曲がった言いがかりを元とした負の感情であり、その私的感情を彼女たちの行動に結びつけ、ストレス発散した言動としか映らない。確かに軽率な写真の発信であったことはだれの目にも明らかだが、これほど異様な叩かれ方をする背景には、一部ネトウヨ・インフルエンサーらの心の奥深くにとぐろを巻く蓄積された怨念があったことは認識されてよい。要するに、LGBT法成立への周回遅れの“八つ当たり”の格好の対象となったのである。

トラックバック・ピンバックはありません

ご自分のサイトからトラックバックを送ることができます。

現在コメントは受け付けていません。