櫻井よしこが“逃げ切った”かに見える裁判

2014年は朝日新聞にとって受難の年だった。5月、福島第一原発事故の収拾にあたった吉田所長の聞き取り調書を極秘入手した特別報道部がスクープ。だが見出しが誤解を与える表現であったために思わぬバッシングを浴びた。さらに第2次安倍政権下、慰安婦問題で攻撃を受ける可能性を察知した同社幹部は過去の誤報記事の取消しを表明し、検証記事を掲載した。だがそこに謝罪の言葉がないとして右派勢力を中心にさらなるバッシングを受けた。加えて同社の対応を批判する池上彰氏のコラム記事を掲載拒否したことで3つめのバッシングを受けた。それらの余波はさまざまに派生し、現在の「部数激減」の事態につながる。

 慰安婦記事の取消問題で最も影響を受けた一人は、植村隆元同紙記者だった。まるで「捏造記者」であるかのように右派論客らから叩かれ、個人的な嫌がらせが職場などにも及んだ。このとき植村氏は2件の名誉棄損裁判を同時期に起こした。東京地裁に週刊文春の記事と西岡力氏の著作などを訴えたのが1件。さらに札幌地裁で櫻井よしこ氏と同女の掲載メディアであるWiLL、週刊新潮、ダイヤモンドの版元を訴えたのが1件だ。いずれも2015年の初めに提起されたが、最初に1審判決が出たのは後者のほうで、2018年11月に「請求棄却」の判決が出ている。

 櫻井よし子氏は第1回口頭弁論に出廷し、意見陳述を行っている。彼女の主張は、植村氏を捏造記者と評したことはなく、記事が捏造だと評したにすぎない。言論人がその手段を持っているのに言論で応酬せずに法廷に持ち込んだのは不当といった主張だった。同女は本人尋問を受けるため2018年3月、再び札幌地裁の法廷に姿を見せているが、大方の予想に反し、判決は原告の請求を棄却する内容で、植村氏側が敗訴するものだった。

 とはいえ、櫻井氏の書いた記事の真実性が認められたわけではなかった。真実相当性によってかろうじて救済されたという説明のほうが正しい。植村氏側は100人以上の大規模な弁護団を組み、原告本人の植村氏も毎回のように法廷に顔を見せ、全力をあげて取り組んだはずだが、結果は思う通りにはいかなかった。2020年2月、2審でも控訴棄却され、現在、上告中の状態だ。

 一方、東京地裁で行われていた西岡・文春裁判は、いったんは2019年3月に判決言渡し日が指定されたものの、札幌地裁の判決結果を受けて期日が取り消され、同年6月に同じような「請求棄却」の判決が下りている。経緯からして、札幌地裁判決の影響があったことは明らかと思える。こちらも現在、上告中だ。

 結論として、櫻井氏は、応訴で多大なエネルギーを使ったはずだが、「無罪放免」で逃げ切る形となった。

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