牧口常三郎を殺した靖国史観

創価学会の初代会長が獄死した事実はよく知られている。戦時下の軍部体制のもとで、治安維持法違反と不敬罪の容疑で逮捕された。日蓮正宗宗門は軍部政府の統制に従い神札を祭ったが、初代会長の牧口はきっぱりと拒否した。その結果、創価学会は教団史上最大の弾圧を受け、いったんは壊滅状態となった。そのときの会員は「あの牧口の野郎のせいで…」と罵った人もいたかもしれない。だが現在の創価学会員はほぼすべて、あのときの牧口会長の行動は正しかったと認識している。なぜなら命を賭して、守るべきものを守ったからだ。

現在、右翼勢力が跋扈し、多くを国内世論に向けて発信する中で、「靖国神社を戦争神社と指摘する学者は日本人ではない」などと主張する低劣作家や、元都知事、あるいは「日本の内なる敵」などとうそぶく最高裁判所認定の盗用作家もいる。非常に驕った姿が顕著だ。

辺境の島にすぎない日本に生じた「土俗宗教」。それが神道である。明治から昭和につながる日本は、この教えを天皇制と結び付け、対外戦争の正当化に利用した。その象徴が「靖国神社」である。

この国において神道を信仰する人、あるいは靖国神社で先祖の霊を慰めたい人がいるのはあくまで自由だ。だがそれを行わない人や自由な意見を述べる者に対し、あなた方は正当な日本人ではないなどと言う筋合いはない。この国がおかしな方向に進んでいることの証左だ。

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