不都合な部分を隠蔽し創作してきた日本共産党

共産主義の歴史は不都合な部分を隠蔽する勝者が創作する歴史とはよく言われることである。同じことは日本共産党の党内闘争史をへた現在の同党の姿にもはっきりいえる。現在の同党は1950年に分裂した「所感派」と「国際派」のうち、「国際派」を中心として再建された政党といってよいものだが、「国際派」のリーダー格であった宮本顕治によって不都合な部分はいいように隠蔽創作された面がある。その最たるものが、同時期の同党の「集団テロ行動」について、あれは「所感派」という別の分派が行ったことなので、「国際派」の後継である現共産党との責任はない、といった“言い訳”のことである。この点の虚偽を鋭く指摘したのがすでに4万部売れているという『真説 日本左翼史』(池上彰・佐藤優、講談社現代新書)で、そこでは「国際派」こそが暴力テロ路線に最初に賛成した側であることを指摘している。また歴史をたどれば宮本顕治も当時は火炎瓶こそ投げなかったかもしれないが、火炎瓶を投げる者たちと同じ党内に所属していた事実は明らかだ。「責任がない」などの言い逃れが、「不都合な部分を隠蔽する勝者の創作の歴史」にすぎないことは明らかである。日本共産党は本日付の「しんぶん赤旗」(日曜版)でユニークな言い訳のような主張を掲載した。19面に「どんな場合でも平和的・合法的に社会変革をすすめる」と題した文章は、「日本共産党に対して『暴力革命の党』といった攻撃が執ように繰り返されていますが…」と、さらなる言い訳に躍起になっている。

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