1995年12月

10日ほど遅れてしまったが、今月は1995年12月4日に創価学会の秋谷会長(当時)が国会招致されてから25年となる月である。当時、宗教法人法改正案が国会審議されており、その中の1コマだった。

1995年冒頭、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生し、宗教法人のあり方が社会的な問題とされた。当時の自民党・社会党・さきがけの連立与党に対し、最大野党の新進党の中核を担っていたのが公明党であり、その支持団体である創価学会であった。そのため、自民党側は支持団体に矛先を向け、宗教法人法改正を使って宗教団体全体をコントロールする形で統制を加えようとした。その象徴が、教団の行政上のトップであった同教団の会長を国会に参考人招致し、公衆の面前に立たせるという“仕打ち”だった。あれから25年。これらの出来事が起点となり、自公連立政権が成立したことは皮肉な現象だった。宗教法人に対する強い圧力は翌年、オレがオレがの自己顕示欲の極めて強い「単純正義」の記者が猿回しのサルとなって踊ることで、捏造記事作成による教団指導者を貶めるキャンペーンが始まる。“異様”ともいえる時代であった。

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