裁判で否定された『実名告発』の中身

どの世界にも、自己主張ばかりを行う人間というものはいるものだ。都合の悪いことはすべて相手(自分以外の存在)のせいであって、自身にはみじんも責任がないかのように振る舞うタイプの人間のことを指す。『実名告発 創価学会』(金曜日発行)の著者3人もまったくそのタイプに思える。

同書では、神奈川県川崎市の元支部長に対し、実名で何度も批判を行っている。そこでは「学会本部は幹部職員である〇〇を処分することもなく、何も悪いことをしていない会員たちを、次々と除名にしていく」などと記載していた。ここで指摘されるべきは、「何も悪いことはしていない」と言い切れる彼らの主観のことだろう。

裁判では、「何も悪いことをしていない」どころか、「社会通念上受忍すべき限度を明らかに超えて被告(元支部長)の生活の平穏を著しく侵害するもの」と認定され、「その執拗さは尋常でなく、常軌を逸している」と結論し、55万円の賠償が命じられた。

ここで指摘されている対象は、裁判の原告である木本夫婦、志田夫婦、野口桃子の5人だ。木本夫婦は足軽一派の中心人物とされる福岡大祐宅に同居し、志田は福岡が入会させた人物本人だ。彼らは自分では「何も悪いことはしていない」と本の中では描写されたものの、客観的に裁かれることになった司法の場では、「常軌を逸している」と認定された。

その主観と客観の転倒が、彼らの最大の特徴ともいえる。結局は、どこまでいっても「独善主義」が彼らの本質であり、まだ一審レベルではあるものの、それが「判決」という形で、明確に刻印されたということにほかならない。

つまるところ、上記の『内部告発』では、裁判で認定されたような彼らにとって都合の悪い事実は一切記載されておらず、自分たちにとって都合のいい主張しか掲載されていない。プロパガンダ本と評されるゆえんである。逆にいえば今回、その本の中身の大事な部分が、裁判所によって明確に否定されたことを意味する。

独善はどこまでいっても独善であり、世俗的な表現をすれば、「カルト集団」としての体質と言ってよい。

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