評伝の仕事

一人の人物の生涯を描くことは書き手としての大きな醍醐味の一つだ。ノンフィクションの中でも評伝は王道とされている。どういう人物を対象に選ぶかは、書き手の主観に委ねられる。だれを選ぶかはそもそも自由だ。ただしそれは、描くに値する人物であることが必要になる。

評伝の執筆はまず年表づくりから始まる。その人物に関する年表を作成し、資料を読み込み取材を重ねながら、その年表を膨らませていく。当初は1、2枚程度だった年表がそのうち20枚近くにも発展する。

評伝の難しさは、事実の羅列であってもいけないことだ。書き手独自の視点や描く動機みたいなものがあって、その中に一つひとつの事実を当てはめていく作業が必要になる。よく言われることだが、ブドウをつぶして単なるブドウジュースにしてしまうのか、芳香のあるワインに仕立て上げるかは、書き手の力量にかかわる問題だ。

評伝の作業に占める執筆の割合は、実は半分にも満たない。実際は「調べる」作業のほうがずっと時間と取材費を要する。書き手が書き手として成長するには、評伝の仕事はとても有益だ。基礎的な訓練をすべて含んでいると思われるからだ。私ももっと早い段階で行っていればよかったと今ごろ考えている。

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