『ある神話の背景』

創作にたけた小説家が、時に貴重な取材記録を遺すことがある。作家・曽野綾子(1931-2025)の作品『ある神話の背景 沖縄・渡嘉敷島の集団自決』もそんな作品と思えてならない。題材は10数年前にも話題になった沖縄戦(1945)における慶良間諸島での集団自決を扱った内容だが、読めばわかるが、よく取材している。米軍上陸時に300人規模の集団自決が発生した渡嘉敷島のケースで、現地の司令官であった赤松隊長による軍令があったかなかったかが焦点となる。そのことを書名の「神話」の2字に託した作品ともいえるが、著者が当事者たちに果敢に取材した限りは、戦後最初に書かれた沖縄タイムス『鉄の暴風』は短期間で取材執筆された内容で事実の裏づけが怪しいと指摘し、実際は赤松隊長の直接命令はなかった旨が描かれる。かといって、同隊長の責任が免責されるわけではなく、当時の国家としての態勢が捕虜になることを禁止した結果生じた惨劇であり、国家の罪としての側面は否定できない旨を浮き彫りにする。この作品は曽野綾子の40代前半の仕事であり、作家として、脂がのった時期に書かれた。貴重な作品と感じつつ再読した。

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