最近つくづく感じることは、独りよがりの正義ほどたちの悪いものはないということだ。そうした正義を振り回せば振り回すほど、周りに大きな影響を与えるからだ。彼ら元職員3人の行動もそのようなものとして映る。
2008年に「誓約書」の提出を拒んだ8人は、謹慎処分や、役職解任など、教団内において段階的な処分を受けた。その間、自分たちの行動を冷静にふり返る時間はあったはずである。ところが徒党を組んで、自分たちの「正義」なるものを押し通した。その結果、元職員3人は2012年に教団職員を懲戒解雇、さらに2014年には教団を除名されるに至る。
いまは公明党の政治路線批判に自分たちの主張を合わせ、マスコミにも一定程度取り上げられているようだ。しかしその行動は、結局は、池田名誉会長がつくった教団を外から批判しているだけの姿にすぎない。事情をよくわかっていない会員を混乱させているだけだ。
こうした行動にすでにみじんも正当性など存在せず、彼らが心服するという池田名誉会長に何度土下座したところで、消えようのない罪をつくって平然としている。
周りには一定の支援者も付いているようだが、この問題の本質はさほど複雑なものとも思えない。言い分はそれぞれあったとしても、青年らしく、非は非として認める潔さが彼らにはなかった。またそのように善導できる人が周囲にいなかったということかもしれない。