東京五輪やめろコール、森叩きがすさまじい。特にネットはそうだ。そこにはたまりにたまった感情のはけ口になっている感も見受けられる。事の善悪を除いて、一方の極に振れやすいのは日本社会の特徴とされる。いまその瞬間を見ているように思えてならない。
オリンピックは出場選手だけでなく、その後ろには同じ競技を行う世界中の青少年の熱い「夢」を伴っている。同じ競技を行う青少年たちは自分たちはあの舞台に立てないかもしれないが、さまざまな思いで努力を重ね、五輪を観戦する。ある意味、世界中の青少年の夢を背負った祭典ともいえる。その意味で開催国の責任は大きい。開催できる可能性が少しでもあるのなら、開催する方向で工夫を重ね、検討を行うのは当然のことだ。