カテゴリー ‘政治’ のアーカイブ
徒然なるままに

共産主義という「熱病」

戦後、共産主義の≪熱病≫に侵されて、多くの若者が人生の一時期を狂わせた。現在、社会で活躍する有識者の中にもそうした体験者は数多い。読売新聞グループを率いる渡邉恒雄氏などもその一人だ。本日付の公明新聞には、劇作家の山崎正和氏の大型インタビュー ...

日本共産党の4つの変節

核兵器禁止条約が採択されたとはいえ、日本共産党の核兵器への反対運動に紆余曲折があったことは明らかだ。わずか半世紀あまり前にはソ連に従属する政党として、アメリカの核実験には反対するが、ソ連の核実験には賛成に回るという矛盾した態度をとっていた。 ...

日本共産党批判について

日本共産党と創価学会は昔から仲が悪い。同じ庶民層の土壌を取り合ってきた歴史が長くあるので、いまもその名残が残っている。私は父親が日本社会党の党員で、子どものころからその機関紙を地域内に配ってきた少年であったため、30歳になる少し前に、社会新 ...

日本共産党は核兵器反対の立場だったといえるか 10

広島で原水協(共産系)の世界大会がはじまった。「しんぶん赤旗」はこのニュースを1面トップで大きく取り上げ、「歴史的な原水爆禁止世界大会」「条約は積年の到達点」などの見出しを立てている。赤旗日曜版の記事によると、「条約は核兵器の非人道性を告発 ...

日本共産党は核兵器反対の立場だったといえるか 9 

不破哲三の歴史的な虚偽講演 不破哲三こと上田建二郎前議長が今年7月に行われた党創立95周年記念講演会において講演を行ったことはすでに紹介したとおりである。1961年当時、日本共産党はソ連の社会主義10月革命を記念して11月ごろに党主催の講演 ...

日本共産党は核兵器反対の立場だったといえるか 8 

ソ連に「盲従」した拭いがたい過去 1961(昭和36)年当時、日本共産党がソ連邦を「盲信」していた証拠は、当時の党中央機関紙「アカハタ」をひも解けば一目瞭然だ。 例えばソ連から要人(第1副首相)が来日した際、アカハタ紙上で「ようこそ平和・友 ...