空手雑感 38 喜屋武朝徳の死から75年

本日は1945年、沖縄空手界の重鎮であった喜屋武朝徳(きゃん・ちょうとく)が石川収容所内で死去してから75年の節となる。3~6月の沖縄地上戦によって直接戦死したわけではなかったが、この戦争がなければ亡くなることはなかったと思われてならない。食糧事情にも乏しく、死期を早めたことは間違いないからだ。沖縄は先の昭和の戦争で、本土の「捨て石」となって、多くの犠牲者を出しながら、戦後の日本本土は十分な感謝をしてこなかった。その姿勢は、いまの自公政権においても基本的には同様に見える。このことはこの国の右派の人間が真っ先に主張すべきことであろうが、自己本位な右翼ばかりとみえて、そんな声もとんと聞かれないのは残念なことである。

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