「テロリスト集団」が「ふつうの政党」に脱皮できたワケ

朝鮮戦争が行われていた70年前、日本共産党は日本に住む人びとから「テロリスト集団」として恐れられていた。朝日新聞は「集団テロ」の連載を行い、日本共産党の活動の様子を紙面化した。毎日新聞も「暴力の党」と名指しして、批判的な記事を掲載していた。同党は多くの警察・税務署、米軍施設を火炎瓶などを使って攻撃し、さらに2人の警察官「殺害」に手を染めた。うち一つの事件である白鳥警部殺害事件では、最後まで知らぬ存ぜぬを決め込み、いまに至るも同党は総括的な声明を出していない。コロナで「命を大事にする」と見せかけている政党の過去の実態は「殺人鬼」としての行動にほかならなかった。こうした恥知らずな過去をもつ同じ政党が、なぜいまも同じ名称で合法的な政党としてこの国の中で存続できているのか。ひとえにブランディングの成果である。

当時、いったんは国会での議席を35からゼロに壊滅させたが、その後は「平和偽装路線」を展開し、女性議員を増やし、イメージ更新に努めてきた。その半世紀以上の涙ぐましいまでの努力の成果が、いまも同党を「ふつうの政党」としてこの国で存続させている要因と思える。こうした歴史を踏まえれば、同党を手放しで支持するなどの行動は絶対に起こりえないはずだ。支持しているのは、歴史を知らない者だけである。

70年前、いったんは国政の議席をゼロにした日本の有権者は、世代も変わり、いまでは過去のことは忘れてしまっているかのようだ。日本の昭和の戦争における加害責任を忘却しているのと同じ現象で、この2つの側面は、私には表裏一体の姿に見える。

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