私がフリーランスとして独立したのは1997年、32歳の年だった。先日、物書きには最低でも3本の専門取材分野が必要と書いたが、当時の3本のうちの重要な1本は「外国人問題」だった。これは社会新報時代からの流れで、その知見はそのころ公明党の冬柴幹事長が提唱していた永住外国人地方参政権に結びつき、創価学会の青年向け機関紙でペンネームだったが長い期間連載させていただき、当時の学生部を中心とする運動につながった経緯がある(法案は未成立のまま。今では世論の排外主義的傾向に押されてか、公明党の政策として公然と掲げられることもなくなった現状がある)。その後、教団の攻防戦がらみの取材が増え、本来の取材テーマは先細りする一方で、現在では関心を抱いているものの すでに仕事としては 消滅してしまっている分野だった。ただし「右派」の動向は取材上の関心領域ではあるので、排外主義という観点からの外国人問題はフィールドに入っている。埼玉県の川口・蕨のクルド人のトピックには関心がありつつも、「手が回らない」というのが実情だったが、そんなことも言っていられなくなった。近いうちに取材に着手したいと考えている。