持って生まれた習性というもの

ロシアのプーチン容疑者(国際刑事裁判所により国際指名手配中)に逆らう者はことごとく殺害される。明確な証拠が少ないとはいえ、状況証拠はすべて同一の傾向を示している。今回のナワリヌイ氏の死亡もその一環と見られている。社会主義国としての旧ソ連はすでに崩壊したとはいえ、その文化はいまも「継続」しているようだ。もともとプーチン容疑者自身、旧ソ連において最もその特質を体現しているといえる秘密警察部門で働いてきた人間だ。かつて異論を述べる多くの人間を殺害してきたスターリンの政治手法をそのまま踏襲しているように見える。彼らは「権力」を掌握しているがゆえに、警察力という公権力を使って目障りな人間を排除することが可能だが、一方の日本共産党は同じロシア共産党から生まれた政党でありながら、日本で102年間、一度も政権をとったことがない。お陰で日本は現ロシアのような異論を述べる者をあからさまに「殺害」するという手法は大っぴらには行なわれていない(ただし過去に2人の日本人警察官が殺された事実はある)。仮に同党が権力中枢に入り込み、警察権力を掌握するような事態が生じれば、やはり「同じこと」が起きることは必然だ。その証拠に同党はいまだ政治権力を握っていない段階ながらも、現在、党内において異論を排除するあからさまな行動をとっている。その姿は現在のロシアの状況を予見してあまりある。人間の性格が終生変わらない面があるように、組織の体質も変わることは少ないと思われる。その体質を改めよという主張があるとすれば、それはまるで猫に対してネズミを捕るな、と厳命しているに等しいことかもしれない。もっとも最近ではネズミを追わない猫もいるらしいが…

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