時代を動かす旗印

21世紀初頭から考えても日本社会は大きく変化した。民族差別が横行し、心ない言葉であふれている。こうした社会を形成した結果責任は当然政治にも求められる。政権与党として長くこの社会を構築してきた自民党と公明党も例外でない。いま公明党に求められることは「共生社会の実現」にあると感じている。口先だけの「共生」を言うのはたやすい。要は現実のレベルで、差別する者たちと戦い、説得し、社会全体を共生社会へとリードしているかどうかだ。当然、心ない議員や人間たちと対立することにつながる。そうした構図が社会全体に可視化されるかどうかは別問題だが(私は一定程度、可視化されるべきと考える)、外国人参政権は国賊の言う主張などといった極論を解きほぐし、社会全体をあるべき方向に、「良識」の声でまとめ上げていく手腕が問われる。それは何も政治の分野だけに収まる話ではなく、社会全体の広範な運動とつながることが不可欠だ。

時代を動かす「旗印」は常に普遍的なものだった。女性解放運動も、黒人解放運動もけっきょくは「同じ人間じゃないか」という心の叫びから発した運動だ。いまの日本社会はわかりやすくいえばゾンビが跋扈する社会だ。偏見に満ち溢れ、他者を蔑視して自己陶酔する。こんな時代は変えていかなければならない。

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