日本の部族主義

現在地球上に生存する人間はホモサピエンスという同じ人類である。過去に地球上には多くの種類の人類が生存し、そして絶滅した。わかりやすいところでは身長が低い小人の人類もアジア方面に生息したようだ。現在のホモサピエンスは環境の違い等により、肌の色もさまざまに分かれ、一つの地域的特徴を形成している。だがもともと同じ種族であるので、言葉はわからなくとも、基本的な感情や価値観は似通っている。人殺しはいけないことはわかっているが、それを行ってしまう動物的側面ももっている。わかりやすくいえば、人間の善性と悪性、ヒューマニズムと憎悪の心と言い替える。

世界で戦争がなくならないのは、この人間の内面を克服できないままでいるからだ。イギリスの著名な歴史家であるアーノルド・トインビーは愛国心を古代宗教のようなものと規定した。自分たちの民族が他の民族よりも優れていると考えるのは、古代からずっとある病弊の一つだ。私は今のこの国で「日本は中国より優れている」などと真顔で主張している人間たちをみると、馬鹿げたことを言っているなと常に感じる。要するに、同じホモサピエンスである以上、大した違いなどあるはずがないと信じるからだ。人間の良心は、国籍や民族という枠ではかれるものではなく、極めて個別的な一人の人間性に宿る特性と考えるからだ。「日本は素晴らしい」とのドグマにとらわれた者たちは、それ以上の広がりをもてない人格の結果ともいえる。

日本はよくいわれるように「島国根性」の国だ。閉鎖的で、排他的な面を併せもつ。日本が古代から、韓半島や中国大陸から多くの文化を吸収し、文化的に成長してきたことは歴史の事実だ。その恩を感じる人たちは、その関係性に着目し、同じ人間として友好を保とうとする態度をとる。逆に島国根性の悪い面が出てしまうと、排他的・独善的なドグマに落ち込んでしまう。その典型例が、明治期から始まった大日本帝国の壊滅的な破滅だ。

明治維新から1945年まで77年、1945年から2022年までが同じ77年といわれている。この日本社会の近現代史の分岐点において、日本の部族主義に固執する異常性が、日本を再び破滅に導くことは必然だ。ホモサピエンスに本質的な差はない。私はそちら側に立つ人間である。

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