真実の友

人生において、順調なときに周りにいた友人が逆境になると離れるといったことがある。大なり小なり長生きすると、だれもが感じたことのあることだろう。友人の真価は自分が逆境になったときに、どのような対応をしたかで量ることができる。そんなことを感じたのは、本日付の東京新聞「本音のコラム」を読んだからだ。

このコラムは新聞オタクの私もよく目を通すものだが、本日は佐藤優氏が高校時代の同級生が農水次官に就任したことを取り上げている。それによると、佐藤氏が鈴木宗男事件で連座して逮捕・起訴されたあとも、霞ヶ関で勤務する同級生の中でこの人物だけが「あたかも何事もなかったかがごとく交渉を続けた」という。

個人間の出来事ながら、こうした話が心に残るのは、真実の友のあり方は、少なくとも人間の歴史3000年くらいの間、変わっていない普遍的な事柄とも思えるからだ。要するに、「変わらない」「裏切らない」ことが美徳とされる人間の感覚だ。

友人を裏切らない、師匠を裏切らない。

どの分野、世界のどの地域においても、これは人類共通の美徳として例外はないものと思われる。

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