課題を残した日本柔道

本日付の日経は社会面で日本武道館の歴史について記事にしている。1964年の東京五輪の1カ月前に完成したという武道館は、そのオリンピックで初めて正式競技として認められた日本発祥の武道・柔道の競技が行われた場所だった。全4階級の制覇を宿命づけられた当時の日本柔道界は、最後の無差別級でオランダ選手に優勝を奪われる。その課題は、今回の東京五輪でも覆すことができなかった旨紹介している。さらに今回混合団体でもフランスに敗れた。柔道でわいた武道館は、後半は空手の演武会場となる。日本柔術を発祥とする柔道はまぎれもなく日本発祥の武道だが、空手は琉球発祥で、日本本土で競技化された歴史をもつ。沖縄は最後まで競技化に反対の立場で、40年前、当時日本空手道連盟の会長だった笹川良一の強引な手法で沖縄が繰り入れられた歴史がある。空手界では「空手の琉球処分」という言葉もあるくらいだ。柔道は東京五輪の次の次から正式種目として採用が続くようになった。空手も同じ道を歩んでおり、次回パリ五輪では種目から外れている。その意味で、出場選手にとっては「最初で最後の五輪」となる可能性が高い。空手の源流武術は琉球人が日本人から身を護るために発達したともされる。その意味では日本の近代以来の歴史を包含した武道といえる。

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