日本共産党の殺人行為は「本質」か「例外」か④

日本共産党が1951年と52年の2年にわたり2人の罪のない警察官の生命を奪った殺人行為。問題はこの行為が、同党の本質を示すものなのか、あるいはごくわずかな比率の間違いであったのか。同党は「党の正規の方針としてそのようなことを決めたことはない」などと理屈にもならない言い訳を重ねてきたが、当時の同党主流派が決めた方針であったことは明らかなことだ。つまり、当時の同党において、正規の方針とみなされて仕方のないものだった。いずれにせよ同党は、これらの過去の不始末について、どこまでも「例外」的事件とし、世間にも必死でそのようにアピールしてきた。だが古今東西のどの共産政党の姿を見ても、これらが「例外」的事件とは到底思えないものだ。むしろ「本質」そのものだ。その証拠に、同党の戦後の“二枚看板”であった野坂参三、宮本顕治の2人の党最高幹部は、いすれも、「殺人」に直接・間接に手を染めたことで知られるいわくつきの人物である。 こうした歴史的経緯を知っている者からすれば、同党がことさらに「例外」に見せようと画策するプロパガンダ工作に簡単に乗せられ、昨今も「しんぶん赤旗」に登場して同党の太鼓持ちをする文化人や学識者らを見ていると、日本人の気質というものをあらためて思い知らされる。要するに真実をすぐに「忘れてしまう」という気質のことだ。あるいは「本質」が見えないという気質のことである。

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