間違いだらけの妙観講機関紙『慧妙』

 昨日、出張から戻ってみると、妙観講機関紙『慧妙』(8月16日号)が届いていた。すでに先週には届いていたようなので、少し早く送ったということか。1面の脇に「自称ジャーナリストの学会幹部(柳原滋雄)に東京高裁が厳しい司法の鉄槌!」なる記事が掲載されていた。今回の高裁判決の結果を踏まえた妙観講側の主張が含まれているものだが、これを読んで、この記事を書いた「慧妙記者」は何もわかっていないんだなと呆れ返った。なぜなら事実関係が間違いだらけだったからだ。少し長くなるが記事の一部を引用する。

 さらに女性スキャンダルについては、柳原の下卑た憶測に対し、「そのような事実を認めることはできない」と真実性を否定。盗聴への関与疑惑についても「(大草氏が)盗聴に関与したという事実を認定することができない」と真実性をキッパリ否定した。そして女性スキャンダルと盗聴への関与疑惑の相当性については、「先行訴訟ではいずれの裁判所も相当性を認めていないのだから、控訴人(柳原)が当該事実が真実であると信じるには、従前よりも増して、さらなる根拠が必要なのである。しかし控訴人は事実の裏付けとなる新証拠を提出していない」「先行訴訟の裁判所も、証拠を検討した上で相当性なしと判断したのである。よって控訴人の主張には理由がない」と、これまた明確に相当性を否定したのである。

 「 」内は、さも判決からそのまま引用したように装って記述されているが、実際は判決原文そのままでなく、慧妙記者の判断が加えられている。だがそこに大きな誤りがある。ここで「先行訴訟」に梅澤訴訟・波田地訴訟が含まれていることは経過からして明白だが、この2つの裁判は名誉棄損訴訟ではない。裁判所が「相当性」(=真実相当性)を判断するのは名誉棄損訴訟においてであって、盗聴被害者本人が損害賠償を求めた上記2件の裁判で、そもそも真実相当性など判断されていないのである。つまり慧妙記者は、裁判の基本的な成り立ちを理解しておらず、梅澤訴訟・波田地訴訟の判決すら読まないで、この記事を書いていることがわかる。
 また上記の書き方では、大草の女性スキャンダルがこれまでも何度も裁判の争点となり、そのたびごとに真実ではないという判断が下されてきたといわんばかりの書き方をしているが、それも誤りである。実際、大草の妙観講内における女性問題が具体的に本格的な形で裁判の争点になったのは、当方の認識では、今回が初めてである。
 問題となった当方の過去のブログでは、盗聴報道訴訟において、大草の女性問題に関する証拠が数多く提出されていることを指摘しただけであり、具体的な女性の名前や具体的な行為については一切言及していない。それにもかかわらず裁判の争点となった以上、当方でもできるだけ過去の事実関係を調査し、迫れるところまで迫ったつもりである。その上で、一審においては、当方側から妙観講に関する3人の女性の証人申請を行った(うち一人は現職の妙観講最高幹部)。ところが東京地裁(倉地真寿美裁判長)は、重要証人にほかならないこれらの申請を一切認めず、何らの証人尋問すらも行わないまま、「真実性なし」との判断を下す結果となった。
 さらに慧妙記事では、裁判所においてこれまで大草の盗聴関与の相当性が一度も認められてこなかったかのように記述しているが、意図的な誤報(あるいは都合の悪い事実の隠蔽)にほかならない。当方の本件コラムが題材としたのは、大草の盗聴関与の相当性が初めて認定された盗聴報道訴訟の一審判決に関してであり、こうした事実誤認あるいは意図的な誤報・歪曲は、悪質極まりない。
 上記のように、今回の慧妙記事は、名誉棄損裁判における「相当性」の意味を理解できないお粗末な記者が担当している。記事の最後で「(柳原は自身のブログで)子供だましの裁判所批判を書き殴っている。これが『公平なジャーナリスト』の弁かと、程度の悪さに笑いが止まらない」と書いているが、「笑いが止まらない」のは、こんな与太記事を読まされる妙観講員と当事者である私のほうであろう。

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