独裁政党の手を借りてゲームする衆院選

90年代以降、非自民勢力による政権交代なるものは2度起きた。1993年と2009年でキーマンとなったのはいずれも小沢一郎という人物だった。問題はこれらの政権交代がどちらも長続きしなかったという事実だ。小沢一郎は政権交代の「劇」には夢中になるものの、その後の改革や継続にはほとんど「無力」だった。何をしたいのかという根本目的がそこには欠如しており、試合で勝利する「ゲーム感覚」があるだけだった。今回3回目となる政権交代をかけた戦いは、過去の2回とはまったく違う点がある。それは過去の2回は「非自民・非共産」の枠組みで行われたのに対し、3回目の今回は「非共産」が抜け落ち、「非自民」のみとなったことである。これがこれまでとの最大の違いといってよい。東京8区でれいわの代表が小選挙区で出馬するニュースが出ていたが、立憲や共産との十分なすり合わせもないままのパフォーマンスが問題にされているようだ。要するに、烏合の集団であることをすでに選挙前から露呈している姿にほかならない。政権を共に運営することなど、過去の教訓からみても、はなはだ無理であることがすでに明らかだ。

その意味で、立憲の枝野代表は明らかに方針と戦略を誤った。「革新政党」「独裁政党」の手を借りなければ政権をとれないと考えたのは我慢強さの欠如の表れともいえる。「急がば回れ」という慣用句が立憲民主党ほどに当てはまる対象もない。

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