草川昭三氏の訃報記事

公明党国対委員長などを歴任した草川昭三氏の訃報が昨日付の新聞各紙で掲載されていた。亡くなったのは17日というから、参院選挙当日の4日前である。読売記事では「この参院選中も党新人の応援に顔を出すなど、亡くなる直前まで現場に足を運んでいた」とある。同記事では「自公連立政権発足の功労者として、平成の政治史に大きな足跡を残した」とも評している。私が同氏に関して印象深いのは、過去に古い共産党機関紙「アカハタ」を繰っていて、そこに若き日の草川氏の名前を見つけたことがあったからだ。昭和30年代の記事だったと記憶する。同氏の略歴をみると、労働組合の幹部をつとめていて、その関係で記事になっていたと思う。「アカハタ」に好意的に書かれた人物がなぜその後、公明党の国会議員になったのか。そのことに強い関心をもった。当時の公明党内では異質の経歴の持ち主であり、だからこそ多くの分野で活躍ができたものと推察する。「たたき上げの苦労人で弱者へのまなざしは共通していた」と上記の読売記事は野中広務(当時官房長官)との関係を引いて紹介している。それほど有名とはいえなかったかもしれないが、公明党の与党草創期において、欠くことのできない働きをした人物との印象が強い。

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