激変期から安定に向かった平成時代

振り返ると、教団にとって「平成」は激動の時代だった。「昭和」に治安維持法などによる弾圧で初代会長を獄死させて失った教団は、戦後、2代会長が再建、布教拡大された。戦後すぐの復興ではなく、立正佼成会や天理教に大きく遅れた形での再建だった。 「平成」に入ってすぐに、教団は日蓮正宗と訣別する大きな歴史的転換を迎える。自ら願ったというより、相手方の意向による。結果的に教団が「世界宗教」として飛躍する重要な契機を迎えた。さらに90年代半ばには政治権力による弾圧や攻撃が相次ぐ事態となった。そのような過程をへて、公明党は過半数割れした自民党の要請に応じ、連立政権内に入っていく。以来、本年で20周年を迎えた。その間、野党に徹した時代と異なり、責任政党として妥協することも、従来の支持者からするとすっきりしない局面も増えた。それでも同党の支持者らが支えているのは、間違った方向には進ませないだろうとの信頼があるからだ。党が正式結党されて50数年。前身組織の公明政治連盟などの時代を足すと、優に60年を超える歴史を持つ。日本共産党のような偏頗な革命を唱えて出発したわけではなく、常識をもった中道の政治を心掛ける政党。いわば政治における緩衝材の役割ともいえる。もはや公明党なくして、日本の政治は成り立たない時代だ。

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