2月20日は名古屋の河村市長が南京事件はなかったのではないかと問題発言して5周年の日だったと記憶する。90年代、同様の発言をして即座に更迭された大臣もいた。今から20年、あるいは四半世紀前のこの国は、そうした良識がまだ保たれていた。歴史認識において黒を白と言いくるめるような論調、風潮が蔓延したのは、私の感覚ではこの10年ほど。特に河村発言からの5年間はその流れが急速であったような気がする。
そうした風潮の進展に大きく貢献したのが、月刊誌『WiLL』の存在だろう。2004年末に創刊されたこの雑誌には、中国・韓国を小ばかにする特集が並び、南京事件はなかったかようなキャンペーンがはられ、慰安婦問題についてもそれを矮小化するための特集が相次いだ。重要なことは、当初は名もない雑誌にすぎなかったものが、毎月、全国紙で出版広告を重ねることで、見出し内容がその都度全国的に刷り込まれたという事実である。手法としては「週刊文春」や「週刊新潮」が行ってきた週刊誌の方法の二番煎じだったが、日本社会の風潮を変えるための重要な働きをしてきた。
その結果、90年代なら大臣の首が飛んだような事実に基づかないようなトンデモ発言であっても、いまでは当たり前のように堂々と主張される時代に「変転」した。これを“社会の劣化”といわずしてなんといおうか。真実が隠され、都合のいいウソがまかり通る社会――。現在、私たちが住むのは、そのような社会であることを実感している。