私自身はこのホテルに一度も泊まったことがない。そのため南京事件を否定するような書物が各部屋に置かれていることも知らなかった。部屋に備えつけられている書物の内容の大まかなことは報道でもすでに明らかになっている。私の手元に同じ著者の執筆した『誇れる祖国「日本」』(幻冬舎、2012年刊)という本がある。そこでも南京大虐殺がなかったとの主張がなされていた。ほぼ同じ主張とも思われるので、ここで扱っておく。そこにはこう書かれていた。
「南京大虐殺について、かつて上海大学の朱学勤教授が『所謂南京大虐殺の被害者名簿というものは、ただの一人分も存在しない』と、でっちあげられた事件であることの何よりの証拠であると言及したことがある」
「私は世界の虐殺記念館と呼ばれる所に行き、多くの写真や証拠物を見てきた。東京大空襲や広島・長崎の原爆記念館での悲惨な写真、アフリカ・ルワンダの虐殺記念館でフツ族によるツチ族の虐殺の写真、アウシュビッツやカンボジアでも、記念館には虐殺や拷問に使われた武器や装置と、累々とした死体の写真が並び、目を覆いたくなるような悲惨な光景が、これでもかとばかりに展示されている。ところが南京大虐殺記念館には、朱学勤教授が言うように、一人の検証された被害者名簿も虐殺写真もなく、殆ど後日に造った模型や人形で、客観的な物的証拠もないのである」
以上は、ネット右翼の≪チンピラ≫が、匿名でネットに書き込んだような文章ではない。アパグループの代表を務める人物が、顕名で、半永久に残る紙の出版物に書き込んだ記述である。
上記に書かれた記述内容は、検証の余地もないほどのデタラメの嘘っぱちである。
私は南京の虐殺記念館を数回訪れているが、膨大な被害者名簿と被害記録のファイルが天高しと陳列され、記念館そのものも万人坑(万単位で虐殺されたとされる跡)の上に建てられている。これ以上の客観的な物証があろうか。しかもこれらは証拠のごく一端にすぎない。
日本民族は中国や韓国よりも優秀だとするかのような自民族中心主義(エスノセントリズム)が席巻してやまない現状とはいえ、上記の主張の前提は「真実」に基づくものではなく、都合のよい「虚偽」の宣伝にすぎない。日本は大きなホテルチェーン店が、ウソのプロパガンダを行っても許される程度の社会――。そう他国から見られるのは、日本社会の民度の低さを嗤われるのと同じことではあるまいか。