初代晩聲社社長が開けたパンドラの箱

NHKの朝ドラで十勝地方が舞台になっている。本日の番組でバンセイシャという名称が出てきたので、出版社晩聲社(ばんせいしゃ)の創業者である和多田進氏(1945-2016)のことを思い出した。北海道帯広の出身で、元日本共産党員である。まだ私が学生のころ、所属するサークルとして晩聲社社長だった和多田氏に会見した思い出がある。その後同氏は雑誌「週刊金曜日」の初代編集長などをつとめているが、ここで取り上げたいのは2005年に再刊された『白鳥事件』(山田清三郎著、新風舎文庫)において同氏が寄せた解説文「もう一つの『白鳥事件研究』序説」のことだ。この文章がきっかけで、白鳥事件は再び解明の機運をもたらしたからだ。本サイトの読者にはすでにお馴染みのように、この事件は日本共産党の札幌委員会が1952年に地元警察署幹部を計画的に殺害した事件である。その事実はすでに最高裁でも確定しているが、日本共産党がとった裁判戦略はあくまで「知らぬ存ぜぬ、冤罪事件である」という主張を貫くことであり、法廷の内外でその運動を貫徹した。社会党などもこの運動に巻き込まれている。全国から多くの運動家が無実と信じて現地を視察し、広範な国民運動に高められた。目的は日本共産党の悪事を隠蔽するためである。裁判では確かに有罪判決で終わり、司法的には共産党の計画的な組織的犯行として確定したが、上記の広範囲な運動のせいで、実際は冤罪と信じる人が多いという風潮があった。事件はそのまま風化していくことが見込まれていたが、2005年になって、北海道出身の元共産党員であったその和多田氏が、この事件における共産党の態度に疑問を投げかけたことから、この事件の「真相」を探る動きが始まった。そうして2013年ごろには、実際にまぎれもなく、当時の日本共産党による組織的犯行であることがさまざまな研究者、言論人らによって裏付けられていく結果となったのである。その意味では、和多田氏は共産党からすれば「よけないことをしてくれた人物」ということになろうが、まっとうな有権者からすれば、真実をハッキリさせるためのきっかけとなった功績ある人物という評価になるだろう。日本共産党はいまだに白鳥事件について、何の謝罪もしていない。知らぬ存ぜぬ。都合の悪いことには正面から答えようともしない。こんな政党が本来、他人を批判する「資格」などあろうはずもないのである。

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