空手雑感 33

空手流派はよく分裂する。カリスマオーナーのような存在の空手家が死亡したあと、四分五裂となった典型例が極真空手だ。そこには通常、感情のもつれが絡むので、一度壊れた組織の修復は簡単にはいかない。現在、極真空手は大きな塊が3つほどあるが、往時の統一された組織は見る影もない。同じことは沖縄空手の各流派にも同じことがいえる。なぜ空手団体は集合離散を繰り返すのか。一つは武をもととする団体だけに、中心者の自我というものが強く反映されやすい側面がある。要するにぶつかりやすい性質をもっているともいえよう。さらに見落とせないのは、カリスマリーダーの先を見通す眼力だ。それがあれば生存中に何らかの有効な手が打てたはずだ。それでも後を継ぐのは弟子たちである。所詮は弟子のあり方に帰着する問題にも思える。だが、その弟子を育てたのは師匠であるという関係において、師匠もまったくの無関係とはいえない。結局、両者に起因する問題ということか。

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