創設者を尊敬できない政党

日本共産党の歴史は古い。あと数年もすれば創立100周年を迎えることになる。創設されたとされる1922年7月15日、中央委員に選出されたメンバーはわずか7人だった。堺利彦、山川均、荒畑寒村など著名な社会主義者に加え、徳田球一の名前があった。徳田はいまの沖縄県名護市出身の弁護士あがりで、戦後、同党が自由に政治活動できるようになった時代の初代党首(書記長)だ。庶民的な演説で当時の民衆を味方につけ、昭和24年に行われた総選挙では35人の同党代議士を誕生させ、自身も東京から当選している。

徳田は日本共産党の党史における最重要人物の一人であるにもかかわらず、現在の同党においては、その功績は見事に抹殺されている。徳田が主流派であった当時、宮本顕治(=不破哲三、志位和夫の師匠)は見事なまでの非主流派で、辛酸をなめさせられた恨みもまじっていると思われる。

結論として、日本共産党は、自分たちの創設者を尊敬できない政党である。この点が、公明党とはまったくの正反対といえる。

創設者を尊敬できない組織が、まともな伝統を持つ団体といえるだろうか。少なくとも、「科学的」な組織でないことだけはハッキリしている。

 

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