2種類の批判する立場

批判という行為に2種類あることをご存じだろうか。一つは批判のための批判である。ここでは対象のよいところを肯定することは少なく、悪い面だけを取り上げる。もう一つの批判は建設的批判と呼ばれるもので、現状を肯定した上で、さらによくするために批判を加えるという立場だ。政治でいえば、後者の立場は、野党に限らず、与党内でも必要とされることだ。一方で前者の立場は、野党でのみ許される態度だろう。前者の批判目的の批判の最たるものは、日本共産党が今も行っている五輪中止報道だ。感染の危険度を過度に強調し、国民・有権者の不安を煽り、「だから共産党の言っていることが正しい」という方向に導くための政治的戦略ともいえる。常識で考えてみれば明らかだろう。すでに五輪が始まっている現在においても「中止せよ」と訴える行為に現実性はあるだろうか。そんな政党が与党に入ってまともに務まるだろうか。現実を知らない「万年野党」の立場だからこそ、できる芸当と思えてならない。一方で本日の産経1面に「開催してくれてありがとう」と題する作家の文章が載っていた。産経と意見が合うことはほとんどない小生だが、この言葉と日本共産党の「五輪 感染の危険増」(本日付1面トップ)は、人間の振る舞いとしてあまりに対照的であり、本日も歴史的な紙面である。

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