共産入り政権の危険性

日本共産党が自ら語っているとおり、近年の日本政治の大きな特徴の一つは、野党連合が共産党を排除しなくなったという事実であろう。26年前の細川連立政権の誕生時は、「非自民非共産」が当然のこととして認識されたが、当時の陰の中心者であった小沢一郎氏は現在にいたり、背に腹は代えられないとばかりに「禁断の実」に手を伸ばした。立憲民主党の枝野代表などはその危険性を知悉しているがゆえに、野党連合を容認しながらも、共産党と政権を共にすることについて慎重になるのは当たり前のことだ。だれが枝野氏の立場であっても、対応に困るはずだ。小沢氏のように「政権獲り」そのものが最終目標であって、政治をよくすることが目標となっていないような人物は、だれと組んでも問題は起きないのだろうが、そのへんのバランスは簡単にはいかない。仮に日本の政治を真剣に考える人間が日本共産党の代表者であるのなら、共産主義国家をめざす綱領を変更し、共産党という党名もなくす道を選ぶだろう。それが日本の現状政治を考えた上で、日本の国益に最もかなう行為と思われるからだ。「亡霊」同然の思想にとりすがり、日本一国でのみ政党組織を汲々と維持しているだけの現状では、日本のために主体的に役立つことなどありえない。この党にそのような建設的な決断ができるかと問われれば、それも難しい選択かもしれない。

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