「対馬が危ない!!」キャンペーンのお粗末
【『週刊金曜日』2009年11月13日号】
「対馬が韓国に乗っ取られそうだ」といわんばかりの『産経』キャンペーンが足元から揺らいでいる。結論ありきの偏向キャンペーンに手を染めた全国紙の実態とは。
紀元3世紀、中国の史書である魏志倭人伝に、邪馬台国と同じく「対馬国」として記述された対馬。韓国の目と鼻の先に位置する関係で、紀元前の太古の昔から往来を重ね、7世紀半ばの白村江の戦いで日本が敗れて以降、防人を置いたことで知られる古代からの日本領土の島である。
その対馬が近年、韓国資本によって自衛隊の隣接地など多くの土地を買い占められ、乗っ取られそうだという。事の発端は『産経新聞』だった。2008年10月、同紙一面トップで短期連載「対馬が危な!!」が始まった。
0・0069%で買い占め?
連載は、「韓国 不動産相次ぎ買収(上)」(10月21日付)、「島民の3倍 韓国から大挙(中)」(10月22日付)、「生き残りへ苦渋の“歓迎”(下)」(10月23日付)と続き、これらの記事に触発を受けた平沼赳夫、山谷えり子などの自民党を中心とする超党派のタカ派議員たちは同年12月、現地視察へと踏み切った。全国紙の連載が国会議員を動かしたのである。
『産経新聞』は09年2月、宮本雅史編集委員の名で連載を一冊にまとめて出版。「対馬が危ない」キャンペーンはいまも断続的に続けられている(09年8月1日付が最後)。
09年5月、この連載で『産経新聞』は、「外国人に参政権を付与することになると、韓国による対馬の実効支配が進む恐れもある」という作元義文・対馬市議(当時、市議会議長)のコメントを引用した上で、「これが現実のものとなれば、対馬を揺るがすだけでなく、国家を揺るがす事態にもなりかねない」(5月23日付)と記述するなど、外国人参政権反対のための“道具”として、対馬問題を利用する姿勢を鮮明にし始めた。
「国境の島」である対馬に近年、多くの韓国人が釣りや登山など観光目的で訪れるようになったことはよく報じられてきた。マナーの悪さは確かに事実のようで、記事はそれらに加え、多くの土地が買い占められていると指摘していた。事実なら、きなくさい話ではある。ところが、実際に現地を訪れてみると、事態はまったく異なっていた。
私が対馬市役所の市長室を訪ねたのは09年6月。対馬は福岡・長崎両空港から、空路で30分ほどの距離にある。前年3月、現職市長を破って当選した市職員出身の財部能成市長(51歳・当時)は、取材に対しこう答えた。
「市当局で確認できる限り、696平方キロの対馬の土地のうち、韓国人の所有は4万8000平方メートルです。比率にすると、0・0069%にすぎません。しかもこのなかには、古くからの韓国人住民の土地も含まれ、これで『買い占め』という表現は当たらないのではないかと考えています」
加えて、「08年後半からのウォン安の影響で、最近はそういう話もまったく聞かない」と、取材に同席した永尾榮啓・総務企画部長(当時)ともども顔を見合わせるのである。
財部市長は、まるで韓国に乗っ取られかねないかのような一部マスコミの報道について、「もちろん報道の自由は尊重したいが、そうした恐れはまったくない。市民もそんなことは思ってもいない」と断言してみせた。
事実、対馬市の人口は、3万6256人(09年8月末)ながら、外国人登録者数はわずか118人(うち韓国・朝鮮籍は63人)にすぎない。外国人比率は0・3%(全国平均は1・7%)で、永住外国人となるとわずか30人を数える程度だ。
仮に永住外国人全員に地方選挙権が付与されたところで、全人口のわずか0・08%にすぎない人々の投票行動が大きな影響を与えるとは到底考えられない。まして「韓国による対馬の実効支配が進む恐れ」(地元市議の発言)など、事実を度外視した“杞憂”にすぎないことは明らかだった。だが、これらの意図的な『産経』報道の影響はそれなりに大きかった。
外国人参政権反対派の急先鋒として知られる日本大学の百地章教授は、それから1ヵ月後に行われた都内の講演会でこう話していた。
「対馬(長崎県)が韓国資本によって買い占められている。もしも在日の人が多数移住するとしたら、市長選挙を牛じることも可能です」(09年6月29日・早稲田大学大隈講堂)
ジャーナリストの櫻井よしこ氏も同様で、『週刊ダイヤモンド』の連載コラムでこう書いてみせた。
「対馬の不動産の多くが韓国資本に買収されてしまったことは、すでに報じられてきた。自衛隊の基地に隣接する広大な土地や、主要な港々の土地が韓国人の手に渡っている。韓国では対馬は韓国領だと教育されており、事態がこのまま進めば、対馬が第2の竹島になり、実効支配されることさえ、ありうる」(09年5月23日号)
百地氏も櫻井氏も、保守・極右団体「日本会議」の重要なメンバーであり、『産経新聞』はその機関紙的役割を果たしてきた背景もあるせいか、主張内容は驚くほど似通っている。
調べてみると、日本会議の機関誌『日本の息吹』でも、現地視察した東京都議会議員らが過去に早い段階でこう書いていた。
「このまま日本人が減り、韓国人住民が増え続けて、仮に外国人参政権が認められるようなことがあればどうなるか。対馬の議会は乗っ取られ、島全体もたちまち韓国に乗っ取られる。対馬の状況を見れば安易に外国人参政権を認めることが如何に問題であるか明らかだ」(08年10月号)
対馬を危険視する思想の根幹には、「日本会議」なる団体が横たわっていたことが理解できる。
次はスパイのでっち上げ?
実際は、自衛隊の隣接地を韓国人が買い占めたという報道内容も、諜報活動などとは無縁の、純粋な商業活動にすぎなかったと地元では見られている。その証拠に、韓国経済が下降線をたどると、土地買収の話も現地ではまったく聞かれなくなった。
焦った『産経新聞』が次に何を始めたかといえば、今度は地元の民団(在日本大韓民国民団)組織への執拗な攻撃だった。
対馬民団で事務局員として20年以上にわたって仕事をしてきた福岡県出身の在日コリアンの女性(60代)がいる。その配偶者が日本に帰化したあと、仕事上の関係で地元の自衛隊関係者と親密に付き合うなか、機密情報を得てきた「スパイ」であるかのように『産経』記事は匿名ながら書いてみせたのだ(09年6月9日付)。
北朝鮮系の朝鮮総連の職員ならまだ話はわかる。相手は友好関係にある韓国だ。事実的な裏づけをきちんと取り、疑惑が確定した段階で掲載するのならまだしも、対象とされる当事者本人に直接取材すら行わず、状況証拠だけで書き飛ばしたとしか思えないお粗末な記事だった。
この記事が出てまもなく、民団事務所を訪ねることになった私に、女性職員(総務部長)は怒り心頭といった様子で、記事内容を全面的に否定してみせた。記事では女性のことを「事務局長」と書いていたが、肩書き一つすら正確ではなかった。
結論を先に決めておいて、それにあわせて材料を取捨選択するやり方は、「報道」という名には値しない“偏向キャンペーン”でしかなかろう。世論を特定方向に動かすための情報操作的な側面が強かったと言わざるをえない。
『産経新聞』は、女性職員や配偶者から抗議を受けると、「対馬が危ない」シリーズで“続報”を打つこともままならず、事実上、連載を休止したままだ。書かれた側は、『産経』側が謝罪しなければ、訴訟を起こすことも辞さない構えだ。『産経』キャンペーンはここに来て、急速に“失速”し始めたように見える。
09年10月、『産経新聞』は今度は「与那国島が危ない」と題する類似キャンペーンを一面トップで始めた。「危機」を煽る同紙流の手法はここでも似通っている。
(注)産経新聞の掲載日付はいずれも東京本社版による。