100年前のパンデミック

1918年から20年にかけて流行ったスペインかぜ(インフルエンザ)で、日本国内では45万人が命を落としたとされる。流行は「前流行」と「後流行」の2つの山があり、前者で26万、後者で19万が犠牲になった。いずれも年をまたいだ冬季シーズンが山となったが、「前流行」の死亡が多かった都道府県は「後流行」の犠牲が比較的軽く済み、逆の場合は「後流行」のほうがむしろひどい結果となった。つまり「前流行」で免疫を多く獲得した地域は、「後流行」の被害が小さかったわけであり、こうした相関関係から同じ種類のウイルスによる被害と推測されている。この死亡者45万人という数字は、1886年のコレラ感染による11万、日露戦争の戦死者9万人、関東大震災の犠牲者10万人などをはるかに上回る規模でありながら、その際の経験が継承された形跡はなく、教訓として血肉化されることもなかった。昭和の太平洋戦争で310万人という桁はずれの戦死者によって被害が霞んでしまった面もあったようだ。スペインかぜの場合、「後流行」のほうが罹患者に占める死亡率は高かった。ウイルスの毒性が強まった結果とされる。今後、新型コロナウイルスの第二波が懸念されるが、同じ様相を呈する可能性は十分にある。それでも現在の日本における死亡数は900人近い数で、往時の死者数とは桁が3ケタも違っている。

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