日記

2012/02/16(Thr)
「重要容疑者」裁判における上告理由書
平成23年(ネオ)第1131号
上 告 人 柳 原 滋 雄
被上告人 矢 野 穂 積

上 告 理 由 書

                        
第1 はじめに

 本件は、上告人が開設したホームページ中の「コラム日記」に執筆した一つの記事中の「重要容疑者」というわずか5文字の記述をめぐって、その読み方論・名誉毀損性が争われた事案であり、原判決は同記述が被上告人の名誉を毀損すると判示した。しかし、原判決は、致命的な誤りを犯している。

 すなわち、原判決は、争点部分における最重要の証拠である「コラム日記」掲載の本件記事(甲1)を他のものと取り違えるという、およそ高等裁判所としては信じられないような初歩的ミスを犯し、この取り違えた証拠をほぼ唯一の根拠として本件記事の名誉毀損性を認定しているのであって、それはつまり、証拠に基づかない、理由を欠いた判決にほかならず、理由不備(民事訴訟法312条2項6号の上告理由)に該当する。

第2 原判決の理由不備

1 原判決は次のように判示する。
 すなわち、「(1) 原判決の摘示の補正」の部分で、「本件記事のうち、『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』とある部分(C)と上記摘示事実との関係は必ずしも明らかではなく、Cの記述だけを取り上げれば、朝木議員が転落現場のビルに赴く前に何者かと争った可能性もあり、その相手が被控訴人であった可能性が高いと読むことも不可能ではないが、仮にそうであれば、『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』との部分にわざわざアンダーラインを引いて強調する必要はないのであって、控訴人は、この部分を強調することによって、被控訴人が『重要容疑者』であるとのイメージを読者に植え付け、そのことで、朝木議員の自殺についての被控訴人の関与が犯罪を構成するものであり、被控訴人が捜査機関の嫌疑を受けた人物であると印象づける効果を狙ったと解するのが相当である。」(6頁。傍点は引用者による。以下同じ)と判示し、さらに「(2) 当審における控訴人の主張に対する判断」の部分においても、「本件記事のうち『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』とある部分の読み方に関する主張については、上記(1)イにおいて説示したとおり、本件記事中の第4段落を他の部分と切り離して解釈すれば、控訴人が主張するような読み方をすることもできないわけではないけれども、そうであれば、当該部分にアンダーラインを引いて強調する必要はないのであって、控訴人が当該部分を強調したのは、自殺関与罪についての被控訴人の犯人性を読者に印象づける効果を狙ったと見るのが相当であるから、この点に関する控訴人の主張は採用できない。」(7頁)と結論する。

2 しかしながら、上告人の「コラム日記」に実際に掲載された本件記事(甲1)の「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」の部分には、原判決が上記において指摘するようなアンダーラインは存在しない。そのことは、甲1を見れば一目瞭然である。

 上記部分にアンダーラインが引かれているのは、第一審判決別紙「書き込み目録」の記事である。これは、被上告人(原告)が提出した訴状の別紙「書き込み目録」をそのまま添付したものであり、被上告人が本件記事のうち上記部分を強調するためにあえてアンダーラインを引いたものにほかならない。

 つまり、原判決は、アンダーラインを引いて強調したのは被上告人であるにもかかわらず、これを上告人が引いたものと正反対に取り違えているのである。

 原判決は、安易にも第一審判決別紙「書き込み目録」のみを見て、肝心の証拠を直接確認するという初歩中の初歩を怠ったがゆえに、このような誤りを犯してしまったのであって、あまりにも杜撰と言わざるを得ない。

3 しかも、原判決においては、「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」の部分に上告人がアンダーラインを引いて強調したとの誤った事実認識こそが、本件記事が「朝木議員の転落死は自殺であろうけれども、この自殺には同議員の背後にいる被控訴人が関与しており、被控訴人には何らかの方法で自殺に関与した犯罪の嫌疑があるとの事実を暗に摘示したと見るのが相当」(5頁)であるとする主要な根拠となっている。

 すなわち、原判決は、「本件記事中の第4段落を他の部分と切り離して解釈すれば、控訴人が主張するような読み方をすることもできないわけではないけれども」(7頁)と判示している。

 ここにいう「控訴人が主張するような読み方」とは、原判決が「(2) 控訴人」において整理した、「イ 本件記事中の『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』という表現に用いられた『この件』という語を一般読者の普通の注意と読み方を基準に解釈すれば、『この件』とは、朝木議員が転落死する前に何者かとの間でいさかいになった可能性があること、すなわち、朝木議員が死亡する前に被控訴人といさかいを生じた可能性が高いという意味と理解するはずであり、当該記述をもって、控訴人が自殺の教示、強要といった自殺関与罪に該当する犯罪行為の重要な容疑者(の一人)であると記載されていると読むことは考えられない。」(3〜4頁)のことを指す。

 ところが、原判決は、これに続けて「そうであれば、当該部分にアンダーラインを引いて強調する必要はないのであって、控訴人が当該部分を強調したのは、自殺関与罪についての被控訴人の犯人性を読者に印象づける効果を狙ったと見るのが相当であるから、この点に関する控訴人の主張は採用できない。」(7頁)と、アンダーラインが引かれていることを根拠として「控訴人が主張するような読み方」はできないと否定するばかりか、むしろ自殺関与罪についての被上告人の犯人性を読者に印象づける効果を狙ったとまで認定している。

 原判決の上記判示から明らかなとおり、本件記事の上記部分にアンダーラインが引かれていないということになれば、本件記事の名誉毀損性を認めた原判決の主要根拠は崩れてしまうことになる。それは、結局のところ、判決に理由を付していないに等しい。

4 以上のとおり、原判決には理由不備の違法があるから、破棄されなければならない。