日記

2009/08/01(Sat)
お金をくれる人の“ポチ”にすぎない「街宣右翼」たち
 「似非右翼」「朝鮮右翼」などとコシミズに罵倒されている街宣右翼たちは、いまだに統一教会から資金を得ていると指摘されたことなどについて反論らしき反論もできず、黙認しつづけたままである。いずれにせよ、これらの「街宣右翼」らが、一定のどこかからか資金を引っ張っていることは明白で、その意味では彼らはお金をくれる人の“ポチ”にすぎない存在といえよう。
 それでいて政治家の政治資金問題を追及したりして、かっこだけは「正義漢」ぶる姿は、たとえば泥棒が「俺は警察官だ」と“詐称”して生きる姿とまるで等しく映って見える。
 ポチ右翼たちは、東村山のサイコパス(=良心の呵責をもたない異常人格者の類型)や、フランスにカルトと指定されている日蓮正宗の一派と手を結び、さかんに「ポチ活動」を続けている。ポチのポチたるゆえんの行動であるから、驚く必要はない。
 それでも、罪のない国民や団体に≪迷惑≫をかける行為は控えるべきであろう。身にやましい金を得て、イカサマに行動する「身のほど」をわきまえるべきである。
 世の中、本質がわかればなんのこともない。瀬戸ポチ、西村ポチは上記の疑惑に何も答えることができず、資金源を明らかにすることもできない。その子分格の黒田ポチも、元気に飛び跳ねているようである。「ポチ」として生きる彼らには、くれぐれも、一般市民(住民・国民すべて)に迷惑をかけない行動をお願いしたい。