日記

2008/11/26(Wed)
「草の根」には“お似合い”のパートナー  ウンコに脅える右翼
 仲間の自宅のベランダに正体不明のうんこが置かれていたと主張して警察まで駆り出して大騒ぎした≪うんこに脅える右翼≫が、東村山問題をウォッチしているジャーナリストらに「詐称ジャーナリスト」と書かれて憤慨したのか、刑事告訴するなどと息巻いている。当方の手元にある辞書を開いてみると、「詐称」とは「氏名、職業、住所、年齢などをいつわって称すること」とある。この男は自分はれっきとしたジャーナリストであり、「詐称ジャーナリスト」という言葉は名誉棄損罪に当たると主張したいらしい。
 もともとジャーナリストなど、最初からピンキリの世界ではある。名刺一枚刷ればその日からジャーナリストであり、たとえ名誉棄損裁判で何度敗訴しようとも、乙骨某のようにこの肩書きをずっと使用することも許される。その意味では、医者や弁護士などと違って、極めていい加減な肩書きともいえよう。もしジャーナリストが免許制や資格制であったらどうなるか。もっともそんな国はほとんど聞いたことはないが、名誉棄損裁判で3回以上敗訴するとその資格を失うなどと規定されていたとしたら、乙骨某はとっくにその資格を奪われていることになる。その場合はれっきとした「詐称」に当たろうが、そんな厳密な区別がない以上、この用語の使途もグレー・ゾーンの領域にすぎない。
 上記のように、日本の場合は特に、ジャーナリストという肩書きはかなりファジーな意味合いをもつ。事実を重んじる姿勢がジャーナリストの基本条件であるとすれば、瀬戸某などは「詐称」も「詐称」、かなりハイレベルの「詐称」と当方は認定しておく。要するに、右であろうと左であろうとその立場を問わず、ジャーナリストは常に「事実」に立脚して記事を書くべきであり、取材も十分に行わずに、憶測や推測あるいは伝聞などを主体に記事を作成すべきでない。そうした点がおろそかであれば、その点だけをもってしても「詐称ジャーナリスト」と批判されることは、十分に真実性を伴っており、不法行為としての名誉棄損には該当しないはずだ。ただし、この男の場合、より正確には、「僭称」(=勝手に自分の身分を越えた上の称号を名乗ること)と呼ぶほうがよりふさわしいように思える。いずれにせよ、同人が「まともに取材しないジャーナリスト」である事実は疑いようがなく、そのことはすでに多くの人々から指摘されているところだ。こうした点だけをとらえても、「僭称」「詐称」の類いと批判されて仕方あるまい。
 さらに同人らの発売するDVDでは乙骨某の名を「正夫」と≪誤記≫したままのようだ。“講師センセ”に失礼で、「事実」を重んじない体質がよく出ている。「詐称ジャーナリスト」と呼ばれる所以であろう。