妄想を既成事実化して喜ぶ、もはやカルト住民のための「宿坊」板

 アクセス数が昨日急速に伸びたので何事かと思いきや、「宿坊」板に当サイトの記事のリンクが張ってあったことが原因の一つのようだ。この掲示板について、創価学会の分派グループとして処分された波田地克利らがハンドルネームなどを使い、自分たちの都合のいい情報を発信するための基地として利用していることは何度かここでも記事にした(それでいて本人は、自身の除名無効を訴える裁判では、「まったく関与していない」などと法廷内で供述した)。
 この板を評して、小生は「公衆便所の落書きに近い状況」と書いたが、訂正する必要性はまったく感じられない。むしろ「井戸端会議を文字にしているレベル」という評価を、さらに追加すべきであろう。
 Aという人物とBという人物が井戸端会議を始めたところで、Cという人物がこうじゃないのと声をあげ、さらにDという人物がいえいえ私はこう思うわよと続けるといった感じで、そうした裏付けのないあやふやな噂話も、消えてなくなる「会話」であれば問題はさほど大きくなさそうだが、それが不特定多数に拡散されるネット上で随時文字化されるとなれば、そうはいかない。
 井戸端会議や便所の落書きを使って、教団攻撃に活用している波田地一派。さらにそうとは認識せずに、結果的に彼らに協力する形となる無認識の善意の投稿者たち。
 「宿坊」板の本質は、教団を除名された人間が、その腹いせに、確たる事実的根拠もなく井戸端で行う会議を発信し続けている姿にほかならない。もし本当に教団幹部を攻撃したいのなら、自分の「実名」を名乗って、通常のメディア(マスコミ)上で堂々と告発すればよい。
 そうではなく、“仲間内”だけで固まって、一人でやるのは不安だが、みんなで騒げば安心だとばかりに、井戸端会議方式で教団幹部の攻撃を続けている姿こそ、彼らの本質を示している。本来なら、事実的根拠をもって行うやり方がほかにあるはずだが、彼らは「騒ぐこと」自体が目的であり、そうした≪真の目的≫に付き合わされるのはあまりに馬鹿げている。

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