日本共産党による詐欺まがい行為

1959年12月14日から数えて60年の節目が近いことに伴い、本日付の読売と産経は北朝鮮帰国事業の記事を大きく掲載した。いうまでもなく、当時の朝鮮総連、日本共産党が中心になって推進した帰国第1船が、新潟港から出港した日のことである。

当時の時代相は、国際共産主義運動の真っただ中にあった。ソ連を盟主とした社会主義陣営が世界の3分の1を席巻し、いずれ世界は資本主義から社会主義へと「歴史の法則として移行する」という主張が、まかりとおった時代だった。その主張を成り立たせるためには「ウソ」や「ゴマカシ」も平気であった時代といえよう。北朝鮮帰国事業はそうした時代背景のもとに推進された。その最たる事例が朝鮮半島だった。

社会主義国の北朝鮮は千里馬の勢いで発展している、未来はバラ色である。そのような宣伝が朝鮮総連や日本共産党によって日本国内に拡散された。一方で、韓国は独裁国家で貧乏でみじめであるかのような宣伝が加えられた。「だから北へ行こう。バラ色の未来が待っている」。こうした甘言に乗せられて、多くの在日コリアンが帰国船に乗った。

私はこうした事業の一端を担いだ日本共産党が、特にその最大の責任をもつはずの不破哲三氏がこのことにダンマリを決め込むのは政治家として卑怯な行動であることを2002年末、書物を通じて世に訴えた。それに対する同党の反応は、刑事告訴および民事提訴、および機関紙「しんぶん赤旗」による中傷記事の掲載だった。

その肝心の裁判も、同党は刑事告訴と民事提訴を途中ですべて取り下げる和解に応じている。 もともと書籍の記述にウソは一行もなく、同党は党内向けのポーズとして、刑事告訴や民事提訴を行ったにすぎなかったといわれても仕方がない。

当時、日本共産党が「地上楽園」とアカハタで書いた北朝鮮は、その後、2002年に日本人拉致が明らかになる。同党の2004年綱領改定では、北朝鮮は社会主義国とはみなさないと不破哲三は言い出した。 これらが何を意味するかといえば、彼らは社会主義・共産主義がどういう国家を意味するのかという定義すら持たないままに、運動を進めてきたことになる。

要するに羅針盤を持たない難破船であり、設計図をつくらずに建てられた欠陥ビルのようなものだ。 こんな政党にしがみつくのは、革命に人生をかけてツブシがきかなくなった党職員らや思考停止した者たち、同党の宣伝を鵜呑みにしている者などに限られる。

97年間の歴史は、厳然と「真実」を浮かび上がらせた。 学ぶべきは、歴史である。

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