日本共産党が練馬署警官を撲殺して67年

1951年12月26日午後11時。東京・練馬区で警察官が「撲殺」される事件が発生した。当時、日本共産党は軍事委員会なる地下組織をつくり、日本国家を転覆する活動に邁進を始めていた。その最初の事件として記憶されるのが俗にいう「練馬事件」である。

被害者となった印藤巡査は柔道3段の腕前だったが、数人の日本共産党員に角材や鉄パイプで背後からめった打ちにされ、殺されている。個人的には剣の達人であったはずの坂本龍馬が暗殺された事件を想起してしまうが、第一撃で不覚を取ってしまうと、腕に覚えがあっても命を落としかねないという教訓だろう。

この刑事裁判は共謀共同正犯の代表的判例とされ、司法試験を受ける者なら必ず学習する事件ともされる。この事件が現在の志位和夫たちの大先輩の世代によってなされた事件であることをよくよくわきまえる必要がある。

練馬事件が誘発剤となり、日本共産党による「警官ごろし」は、北海道の札幌にも飛び火した。同党は確認されるだけでも、2人の警察官を組織的に殺害している。

トラックバック・ピンバックはありません

ご自分のサイトからトラックバックを送ることができます。

現在コメントは受け付けていません。