空手雑感 19

空手の型はもともと沖縄で熟成された。さらにその前をたどれば中国大陸になるが、沖縄という小さな島に渡ることで、閉じ込められ、進化した。それが20世紀にはじめに日本本土にもわたり、さらにさまざまな過程で世界に広がる。ここで「伝言ゲーム」の様子を考えてほしい。最初にAと伝えたはずが、何度も途中の人を介すると、それはAとは全く異なるDであったり、Xなどに変化してしまう。伝言ゲームはその脈絡のなさを笑いにすればよいが、空手の型が変わってしまうと、そもそもの本質の変化を意味することになる。

重要なことは、沖縄で熟成・定着した型は武術性の塊にほかならなかったのに、それがいいように変えられることで、武術性という本質的なものが抜け落ち、最後には単なる「踊り」に変化してしまうことだ。「型をやっても強くなれない」という言葉をしばしば耳にするが、それは前提条件が間違っていて、「武術性のない型を何度繰り返しても強くはならない」ということにすぎないと思われる。

ここでいう強さとは、競技(試合)における強さではなく、ルールのない武闘における強さだ。空手の型は古流に戻れ、といわれるのはそのためだろう。

トラックバック・ピンバックはありません

ご自分のサイトからトラックバックを送ることができます。

現在コメントは受け付けていません。