「波田地」を妙観講並みの仏敵と認定する理由

 異体同心は、教団ならではの伝統である。戸田会長はそうした和合組織について「戸田の命よりも大切」と表現し、未来永遠に守り抜くべき指標となっている。
 波田地克利はそうした和合僧団の中にあって、自分たちのグループ内で、「本物の弟子たちによって、(執行部を)打倒せよ」と平然と呼びかけてきた存在である。しかも確たる説得力ある理由も示さないままにである。だが、池田名誉会長とともに同時代を戦ってきた執行部を退陣させ、その後にいったい何が残るのであろうか。およそ現実を見ていない、空想論者の言葉というほかない。波田地の行動は、わかりやすく例えれば、共産党の主張と何ら変わらない次元のものである。
 政治の世界の話で恐縮だが、現実に一度も政権を取ったことのない革新政党は、言いたいことだけを言っていればそれで済む存在だ。その後のことを実際には考えていないし、考える必要もない。つまるところは無責任極まりない行動にすぎないわけだが、本質的な責任感を伴わない手軽さが彼らの特徴でもある。波田地の主張はそれに似通っていて、全体的な視野はなきに等しい。
 結局のところ、彼は教団を攪乱しているだけの存在である。
 池田名誉会長は、「『城者として城を破る』動きを許さぬことだ。師子身中の虫である『異体異心の者』と徹して戦い、その魔性の根を断ち切っていくことだ」(2008年4月9日付)と残している。和合僧団を攪乱する罪は、あまりに大きい。

トラックバック・ピンバックはありません

ご自分のサイトからトラックバックを送ることができます。

現在コメントは受け付けていません。