カテゴリー ‘訃報’ のアーカイブ
徒然なるままに

カンボジアPKOの思い出

本日付各紙訃報欄に小さく、元統幕長の死去が掲載されていた。西元徹也氏、87歳。日本が自衛隊部隊を初めて海外派遣したカンボジアPKOのころ、陸上自衛隊の最高責任者を務めた人物だ。私ども日本政府派遣の選挙監視団は選挙が行われる93年5月に現地 ...

日本の未来を憂いた音楽家

坂本龍一氏が亡くなった。2年前の1月、歴史家の半藤一利氏が没したときと同じ感慨をもつ。この国の行く末を憂う平和主義者であったという点で2人は共通すると感じるからだ。この国が間違った方向に進まないように、いやまして責任を感じる人は多いはずだ ...

浜四津敏子元公明代表を偲ぶ

昨日の時事通信がマスコミの初報だったかもしれないが、公明党の浜四津敏子元代表代行が2年前に亡くなっていたことが発表された。遺族の意向で党は発表を控えていたというが、残念な結果である。1990年代半ば、公明党は自民党に対抗してできた新しい固 ...

安倍晋三とゴルバチョフ

大晦日になると、その年に物故した著名人らを大きく掲載する新聞が多い。本年亡くなったうち私が最も印象深い3人をあげるとすれば、7月8日の安倍晋三元首相、8月30日のゴルバチョフ元大統領、最後に11月11日に自宅の火事でなくなった村田兆治・元 ...

村田兆治と村上国治

2人の名前はよく似ている。プロ野球の名物ピッチャーとしてならした村田兆治の名を知る人は多くても、後の村上国治(むらかみ・くにじ)の名を知る人はむしろ少ないだろう。まったく違う分野で生きた2人である。共通するのは名前だけではなく、晩年の亡く ...

伯祖父の戦死

柳原家にとって本日は祖父の兄が戦死した日だ。77年前の7月20日、長男であった柳原賢一(1909-45)はフィリピン戦線で35歳の人生を終えた。2人の娘が残されたが、次男であった祖父が戦後、伯祖父(おおおじ)に代わって心を配ったという。伯 ...