カテゴリー ‘教団’ のアーカイブ
徒然なるままに

激変期から安定に向かった平成時代

振り返ると、教団にとって「平成」は激動の時代だった。「昭和」に治安維持法などによる弾圧で初代会長を獄死させて失った教団は、戦後、2代会長が再建、布教拡大された。戦後すぐの復興ではなく、立正佼成会や天理教に大きく遅れた形での再建だった。 「 ...

池田会長が辞任して40年

創価学会の池田会長が辞任して40年の節目となる。1979(昭和54)年当時、教団の顧問弁護士を務めていた人間が策謀を続け、教団と日蓮正宗宗門との離反工作を進める中での出来事だった。今から振り返ると、法華経流布の過程における「必然的な難」と ...

当ブログが足軽4人組にとって都合の悪い理由

足軽会の問題は別段複雑な問題ではない。極めてシンプルな問題だ。裁判を起こして最近も完全敗訴した「3人組」の問題は、信仰姿勢において「自省」する視点を持ち合せているかどうかという問題にすぎない。彼らは神奈川県川崎市の学生部時代に起こした自ら ...

反省を知らない足軽3人組の完全敗訴

創価学会の青年向け機関紙「創価新報」の4月17日号で、足軽会3人組が先の東京地裁で2度目の完全敗訴をした判決について特集記事を掲載した。今回の一審判決では3人の行動の「本質」が見事なまでに抉られており、その内容について詳述した形だ。判決文 ...

共産党弁護士の体質

 「宿坊」という便所の落書きのような掲示板に「弁護士依頼1 失敗」と題する投稿がなされたのは3月16日のことだ。そこには次のように書かれていた。「水曜の夜『日本共産党』に泣きつきました。何よりも学会との実戦経験があるからです。すると木曜日 ...

足軽3人組の「完全敗訴」のダメージ

繰り返しになるが、3月26日東京地裁判決の裁判において、実際は提訴からわずか半年後にはスピード判決が出される予定だった。このとき判決が出ていれば、門前払いとなっていたことも関係者には明らかだ。それが一転、弁論再開となり、詳細な本人尋問が行 ...